領域概要

領域代表:東京大学 大学院理学系研究科 井出 哲

日本は世界でも指折りの地震の多い国です。毎年多くの地震が起き、南海トラフの巨大地震や首都直下地震がいつかは起きると考えられています。将来の地震をより良く予測したいという願いは、地震を研究する人々に共通するものですが、簡単ではありません。
そのような中で見つかった新しい現象、スロー地震(またはゆっくり地震、スロースリップなど)は、これまでの地震の理解を根底から変えるのではないか、と注目されています。地震のときには地下で岩盤が急激に破壊し、強烈な地震波が放出され地面を揺らします。スロー地震のときにも、地下の岩盤は破壊しますが、どういうわけかゆっくり破壊するので、強烈な揺れにはなりません(図1)。
あまりにゆっくりなので観察するのが難しく、今世紀になるまで見逃されていたのです。それでもこれまで20年くらいの研究により、世界各地で発見され(図2)、様々な性質がわかってきました。ただし、皆が関心のある巨大地震との関係は、あまりわかっていません。そこでスロー地震から普通の地震まで、地震という現象を幅広くとらえ、深く理解するための研究計画を立ち上げました。それが、この学術変革領域研究(A) Slow-to-Fast地震学(略称:SF地震学)です。

この計画には様々な分野の研究者が参加します。地震学はもちろん、GPSなどを使った測地学、地震が発生する場所にあるモノを理解する地質学や地球化学、摩擦や破壊の法則を明らかにする基礎的な物理学など、これまでもスロー地震の研究に実績のある多くの研究者が参加します。さらに、新しい観測技術を開発する工学系の研究者や、データサイエンスに強い情報科学や統計学の研究者も新しく参加します。様々な分野の研究者が効果的に協調できるように、領域には6つの計画研究(班)を設置しています(図3)。融合研究を深めるA01実験物理班、A02構造解剖班、A03国際比較班、新しく分野を広げるB01新技術観測班、B02情報科学班、B03モデル予測班です。さらに2年ごとに募集する公募研究も含め、約100人の研究者、さらに多くの次世代を担う学生たちが、Slow地震とFast地震の理解と、より良い将来予測を目指して、5年間の領域研究計画を進めていきます。

X00総括班(課題番号 JP21H05200)

「Slow-to-Fast地震学」の推進と支援
代表:東京大学 大学院理学系研究科 井出 哲  >> 班員一覧

領域代表者と計画研究の代表者(班長)を中心として、領域の運営を行うのが総括班です。総括班では以下のような様々な活動を行います。
・領域内の連絡体制(ウェブページ、メーリングリスト)の整備
・共用データベース運営
・広報出版活動(ニュースレター、成果集、リーフレットなど)
・国内研究集会(毎年開催する国際研究集会、巡検集会、ゆるいカフェなど)
・押しかけワークショップ(領域の研究者が海外に赴いて実施する研究集会)
・国内外学会でのセッション提案、ブース運営
・若手・ダイバーシティ企画(若手研究集会やメンタリング)
・研究者海外派遣・海外研究者招聘
・他の研究プロジェクト、自治体やジオパークなどとの連絡
活動に関わる事務的な作業は、総括班の中の事務局が行います。事務局の連絡先は東京大学地震研究所内になります。

計画研究


A01実験物理班(課題番号 JP21H05201)

Slow-to-Fast現象の物理化学プロセス解明
代表:海洋研究開発機構・超先鋭研究開発部門(高知コア研究所)  濱田 洋平  >> 班員一覧

どのように断層すべりが始まり、SlowからFastにいたる幅広い地震へと伝播・発展していくのか?このメカニズムを微視的な素過程から明らかにすることは、多様な形態を示すカタストロフィックな地震現象を一般化し、モデリング、予測していくうえで根本を担うテーマです。近年ではこのSlow-to-Fast地震の発生・発達の素過程に水の存在が大きな影響を与えることが見いだされています。一方で、その水が及ぼす具体的な効果や、微視的素過程を巨視的な断層すべりへ拡張する際の不均質性・スケール変換性については検討が進んでいません。本計画研究では摩擦実験、粉体圧縮実験、化学分析と構造解析などの室内実験と、非平衡物理と弾性体力学によるモデル化と数値実験の両面からのアプローチにより、この流体存在下の地震すべり過程とスケールや形状効果の解明とSlow-to-Fast地震の素過程の物理モデル化を実施します。これらを通し他計画研究にて実施される天然との対応や大規模数値モデリングへアウトプットするとともにSlow地震の発生メカニズム、Fast地震へ遷移・波及する物理化学プロセスの根本の理解を目指します。

A02構造解剖班(課題番号 JP21H05202)

Slow-to-Fast地震発生帯の構造解剖と状態変化究明
代表:東京大学大気海洋研究所 山口 飛鳥   >> 班員一覧

A02構造解剖班は、Slow地震とFast地震の発生領域(Slow-to-Fast地震発生帯)の構造とその状態変化をこれまでにない高い時空間解像度で「解剖」します。対象とする時空間スケールは数秒~数百万年・数μm~数百kmにおよび、地球物理学的観測による地下構造の精密なイメージングと物性変化のモニタリング、地質学的物質研究による岩石中の地震履歴・流体痕跡の解読と化学分析・実験・シミュレーションの最新の知見を融合して、Slow地震とFast地震を特徴づける物質と流体の挙動や、Fast地震の準備過程の理解を目指します。重点研究対象として、海陸の研究が世界で最も蓄積されている西南日本(特に紀伊半島~南海トラフ熊野沖)をテストフィールドに設定し、他班とも連携して浅部から深部までの観測研究と物質研究を融合します。地球物理学と地質学の融合熟成により、物質科学的な裏付けのある、地震を引き起こす流体の実況マップが作成できると期待されます。テストフィールドでは南海トラフ地震の発生が懸念されており、南紀熊野ジオパークとの連携のもと、研究成果の発信と社会還元にも取り組みます。

A03国際比較班概要(課題番号 JP21H05203)

世界の沈み込み帯から:SlowとFastの破壊現象の実像
代表:京都大学防災研究所 伊藤 喜宏   >> 班員一覧

断層のずれ動く速度がマイクロメートル毎秒程度のSlow地震と1メートル毎秒のFast地震の両方の断層破壊現象が、環太平洋地域のみならず世界中の地震発生域でほぼ共通して観測されています。また火山でもSlowからFastに至る様々な時間スケールの地殻活動を経た噴火のプロセスが知られています。本計画研究では、世界各地で実施された海底地震・圧力計記録、陸上地震計や歪・傾斜計及びGNSS記録の解析、地質調査、掘削試料の分析の結果に基づき、世界の沈み込み帯で共通して観測される地震・火山現象中のSlowとFastの破壊現象を支配する要因の理解に取り組みます。特に、環太平洋地域の沈み込み帯のSlow地震活動や火山現象のSlowな破壊現象について、地震学、測地学、火山学、地質学及び地球化学の研究者らが連携し、Slow-to-Fast地震現象を学際的な視点で解釈する「比較沈み込み帯学」の新たな展開を目指します。プロジェクト期間を通じて、特にSlowとFastの破壊現象を支配する場の普遍性や地域性に着目しSlowとFastの破壊現象の実像解明とモデル化を目指します。

B01新技術観測班概要(課題番号 JP21H05204)

Slow-to-Fast地震現象の詳細把握へ向けたマルチスケール観測技術の開発
代表:東京大学大学院理学系研究科 田中 愛幸   >> 班員一覧

地球物理現象の予測において観測データは基礎をなします。我が国は、地震・地殻変動の基盤観測網の整備により、Slow地震を世界に先駆けて発見するなどの成果を挙げてきました。しかし、既存の観測網は、それぞれの観測手法により観測できる現象の時空間の帯域が限られ、特に低速現象を捉えられるような高い精度の観測機器の数は少ない。このため、破壊開始前の定常状態から高速破壊に至るまでに、実際にはどのような現象が起きているのかは部分的にしか分かっていません。正しい実態に基づく予測モデルを構築するため、本グループでは、光計測、海中海底工学を取り入れた、時空間的に継ぎ目なく現象を捉えることのできる「マルチスケール観測」の技術を開発します。これにより、これまで見えなかったSlow-to-Fastの遷移過程の実態を解明することを目指します。具体的には、①スロー地震に関わる地下の流体移動を効率的に把握するための絶対重力計測技術、②スロースリップも含む地震現象を検出するための、100年にもわたる高い安定性、精度を持つ光ファイバセンシング技術、③時間分解を飛躍的に改善した海底地殻変動計測及び海溝近傍の超深海におけるスロー及びファースト地震の計測技術を開発します。

B02情報科学班概要(課題番号 JP21H05205)

情報科学と地球物理学の融合によるSlow-to-Fast地震現象の包括的理解
代表:東京大学地震研究所 加藤 愛太郎   >> 班員一覧

B02班は,情報科学と地球物理学の融合研究を推進することで,地震ビッグデータに潜む未知のSlow-to-Fast地震の検出と,それらを特徴づける統計科学的・地球物理学的性質を明らかにすることを目指します。本班は,主に2つのテーマから構成されます。「①機械学習や統計学等のデータ駆動型アプローチ」では,複数観測点を伝播するSlow地震・Fast地震の特徴量を抽出し,その特徴量を活かしてイベントの網羅的検出技術を革新し,Slow-to-Fast地震の遷移現象の発見を試みます。「➁ビッグデータ解析によるSlow地震・Fast 地震モニタリング」では,海陸におけるモニタリング手法を情報科学技術に基づいて刷新することで,スケーリング則の統一的な理解と「スロー地震カタログ」の拡張,従来に比べて1000倍という大量の超稠密地震観測(DAS)データの高速解析技術の開発により,Slow-to-Fast地震現象の包括的理解を深めることを目標とします。

B03モデル予測班概要(課題番号 JP21H05206)

時空間マルチスケールモデルからの予測:大規模計算とSlow-to-Fast地震学
代表:防災科学技術研究所 地震津波火山ネットワークセンター 松澤 孝紀   >> 班員一覧

Slow地震は地震モーメントにおいて10桁以上、Fast地震はそれ以上のスケールの幅をもって発生する現象です。またSlow地震とFast地震は、継続時間や空間スケールに対して異なるスケーリング則に従う。B03班では、こうした大きなスケール幅をもち、異なるスケーリング則に従うSlow地震とFast地震、および両者の遷移を、モデルにより理解し、その発生を予測することを目標とします。また、大規模計算(High Performance Computing; HPC)分野との連携による研究領域の発展を目指します。モデルにおいては、階層性をもった大規模数値シミュレーションや、マルチスケール性を包含する確率・統計学的モデルと物理モデルの融合を目指した研究を実施します。予測研究 においては、HPCを活用した予測に加え、新たな視点からの多面的アプローチによる地震予測を実施し、リアルタイム情報の取り込みも目指します。さらにHPCを活用したモデル誤差軽減や、過去データの解析によるSlow-to-Fast地震カタログの時空間的範囲の拡張といった、大規模計算に向けたデータ解析の研究も実施します。こうした取り組みを通じ、災害予測に向けた新たな科学的基礎の形成につなげていきたいと思っています。