スロー&ファスト地震の用語集

世界各地で様々なスロー地震が発見されてから20年近くたち、現象についての理解は、それを語るための新たな用語とともに深まってきました。一方で、特に学生や他分野の研究者にとって、多様な用語が理解の壁になることも少なくありません。
そこで本プロジェクトでは、スロー地震に関してよく使われる用語を中心に、その簡単な解説とともにまとめました。本用語集が互いの理解を促進するためのガイダンスとなれば幸いです。

地震

地下の断層などにおける短時間の急激な変形によって、地震波が生じ、その地震波が地球内部を伝播した結果、地表を揺らす現象。大きな地震の強烈な地震動は、地表の建物や構造物にダメージを与え、震災を引き起こす一方で、小さな地震の地震波は、高感度の地震計によってのみ観測される。

スロー地震

地震と同じように地震波を放出し地殻変動をひきおこすが、地震動は極めて小さい、もしくは観測されない現象。歴史的には様々な現象に用いられた単語だが、ここでは2000年頃から世界各地で発見された、低周波地震テクトニック微動やその移動、超低周波地震スロースリップイベントなどの総称とする。その発生メカニズムには謎が多い。

低周波地震(LFE)

概ね大きさMw2以下の小さな地震で、数Hz程度の卓越周波数(周期0.2秒程度)の地震波を発するもの。通常Mw2以下の地震は、10 Hz以上の卓越周波数(周期0.1秒未満)の地震波を発するので、それとは異なるタイプの地震として低周波地震(low-frequency earthquake, LFE)と呼ばれる。火山の近傍やプレート境界で良く観察される。

プレート境界の低周波地震

プレート境界周辺で発生する低周波地震。これらの低周波地震の発震機構は、概ねせん断すべりである。またテクトニック微動の発生時に観察されることが多いので、低周波地震が連続的に発生したものがテクトニック微動だと考えられる。2000年ごろに発見された。

火山深部の低周波地震(深部長周期地震)

火山近傍で、概ね深さ約20-30 kmに空間的に集中して発生する低周波地震。深部長周期地震とも呼ばれる。発震機構は複雑で単一のせん断すべりでは近似できない。間欠的に連続的に発生することもある。1960年代に発見された。活火山だけでなく、地表の噴火活動がみられない地域でも観察される。

超低周波地震

周期数十秒程度(周波数0.01-0.05 Hz)の地震波を発する地震。大きさはMw 3-4程度のものが多い。沈み込み帯のプレート境界近傍で観測されるものは、沈み込みに伴う変形を反映した発震機構を持ち、しばしばテクトニック微動低周波地震を伴う。2005年ごろに発見された。

津波地震

地震動の大きさがそこまで大きくないわりに大きな津波を伴う地震。通常の地震の地震波エネルギー地震モーメントの10-5程度であるが、津波地震では10-6程度である。この違いは主に継続時間が長いことに起因する。沈み込み帯の海溝軸近傍で観察されるが、事例は少なくその物理メカニズムには謎が多い。代表例として1896年の明治三陸地震、1992年のニカラグア地震などが挙げられる。

スロースリップ

地下でおきる変形現象のうち、低速で地震波をほとんど出さず、断層面のすべり運動で近似できるもの。測地学的な計測機器で観測される。クリープまたは非地震性すべりという類義語も使われる。

スロースリップイベント

ある期間に限って発生するスロースリップ。期間は数日から数か月、年単位のこともある。プレート境界や巨大断層に沿って発生することが多い。2000年頃から世界中でその発生が観測されている。

Episodic tremor and slip (ETS)

スロースリップイベントとほぼ同じ場所、時刻にテクトニック微動が発生する現象。2003年に発見され、その後世界中で同様の現象が観察されている。ETSと呼ばれるが、適切な日本語訳はない。

アフタースリップ

地震の後に、震源領域および周辺で発生するスロースリップ。地震後に観測される地殻変動(余効変動)の一部はアフタースリップ(余効すべり)で説明できる。すべり速度は地震直後に大きく、時間とともに減少していく。通常、アフタースリップの地震モーメントは、地震自体の地震モーメントより小さいが、まれに同じかそれ以上に大きくなることもある。

プレスリップ

地震の発生以前に、震源領域もしくは周辺で発生するスロースリップ。物理学的に発生するはずと考えられているが、信頼できる観察例は少ない。前駆すべりとも呼ばれる。

微動

地震と同じような振動現象。但し、地震の瞬間的な揺れと比較すると、揺れが比較的長時間継続する現象を指すことが多い。

テクトニック微動

プレート境界や巨大断層周辺で発生する微動で、テクトニックプレートの相対運動によって発生すると考えられる。低周波地震超低周波地震スロースリップイベントと同時に発生することが多く、これらの現象と同様なすべり運動だと考えられている。主に1-10 Hzの周波数帯において、観測限界を少し上回る地震波が数十秒程度継続し、さらに断続的に数時間から数日継続することもある。

非火山性微動

微動のうち、火山との関連性が小さいと考えられるもの。テクトニック微動を含む。

火山性微動

火山近傍で発生する微動で、火山活動に伴うマグマや地下水などの流体移動や関連する変形によって発生すると考えられる。火山によって、また火山活動の規模や段階に応じて、発生する微動の特徴は大きく異なる。

低周波微動

テクトニック微動非火山性微動を、数Hzの観測周波数帯から、低周波微動と呼ぶことがある。特に日本で使われることが多い。

微動の移動

微動が発生場所を変えながら長時間、断続的に続く現象。数分から数週間程度にわたって継続することがある。同時に超低周波地震スロースリップイベントが観察されることから、大規模な変動現象の一部を反映していると考えられる。

関連用語解説

地震モーメント

地震時には断層周辺で、正反対のモーメント(回転運動の大きさを表す量)を持つ2方向の回転運動が発生する。このモーメントを、地震モーメントという。その値は断層面積と平均すべり量、断層周辺物質の剛性率の積となる。地震時の断層運動の静的な大きさを表す。

地震波エネルギー

震源から地震波として周囲に放射されるエネルギー。地震放射エネルギーともいわれる。地震の動的な大きさを表す。

モーメントマグニチュード

地震モーメントの対数の一次式で、地震の大きさ(マグニチュード)を表した量で、Mwと書かれる。地震モーメントが約30倍になると、Mwは1増加する。

地震の卓越周期(周波数)

地震動には様々な周期(周波数)成分の波が含まれる。その中で特に振幅が大きくなる周期(周波数)をその地震動の卓越周期(周波数)と呼ぶ。コーナー周波数、特徴的周波数など、定義によって様々な呼び方がある。普通の地震の場合、大きな地震ほど長周期(低周波数)の地震波が大きくなる。

発震機構

地震波の特徴を説明するために、震源を比較的単純な力学系で表現したもの。断層すべり運動と等価な力の組み合わせ(ダブルカップル)、膨張または収縮する球状の震源、開口亀裂などの様々なタイプが知られている。

公開日 2023年11月11日